過去に学び、未来へつなぐ―洗心の歩み:学院から今日まで(第三回)
前回までの二号では、BCA75周年記念誌に書かれた洗心の歴史に基づき、1928年から1970年代初めまでの年表を作成しました。今回の号では、平山浄さんと江畑ドナさんが執筆された洗心寺50周年記念誌の歴史部分をもとに、1970年代から2001年までの年表を作成しました。この年表を作成するにあたり、いくつか不明な点が出てきました。
50周年記念誌によると、お盆踊りの後に行う「千灯荘厳」は1977年に始まったとされています。そこには、菅野レオさんがインドのブッダガヤで見た灯明に触発され、陶製の灯明を制作したと記されています。
私は、千灯荘厳は、1977年より前に行われていたと思っていました。BCA75周年記念誌には、1970年代初めについて次のような記述があります。
「初盆法要は盆踊りの直前に行われ、参列者はその年に亡くなった方々を偲んでろうそくを灯す。本堂から外に出ると、パティオや庭の通路に並べられたろうそくの灯りが迎える。」
マス先生によると、千灯荘厳が始まる前は、庭やパテオにろうそくを並べて点灯していて、1977年から現在の陶製の灯明の形へと発展したそうです。
西心道場の開始年については、はっきりしていません。50周年記念誌によると、西心道場は1986年に始まったとされています。正確な開始年については長年議論があったのですが、昨年、小谷先生と田中ベッシーさんが、小谷先生の娘さんの真由美さんの年齢を手がかりに検討し、西心道場は1987年に始まった、という結論になりました。
マス先生たちは、真由美さんが小学生の頃に、夏の子供のプログラムをしてみよう、ということで西心道場が始まったと言われてました。それで、昨年、西心道場のメールアドレスを
saishindojo87@gmail.com とし、「87」を西心道場の開始年として使いました。けれども、もし50周年記念誌の記述が正しいとすると、メールアドレスを saishindojo86 に変更しなければならないので、できれば1987年であってほしいと思っています。歴史というものには、しばしば複数の解釈があるもので、どちらも正しい、としておきましょう。50周年記念誌の歴史部分の最後には、2001年当時のメンバーの構成について次のように書かれています。
「世代の移り変わりや地域社会の変化にもかかわらず、門徒数は比較的安定している。門徒の三分の二は二世であり、三分の一は三世・四世である。一世はわずかである。寺院の理事会も近年変化し、三分の一が二世、三分の二が三世となり、三世がより多くのリーダーシップを担うようになっている。」
それから25年が経ち、現在も同じような世代交代が見られます。メンバーの約三分の二は三世であり、三分の一は四世やそれより若い世代、そしてさまざまな背景を持つメンバーで構成され、二世はわずかになりました。しかし理事会は依然として三世が三分の二以上を占めており、四世や同世代のメンバーが今後リーダーシップを担っていくことが期待されています。
さらに25年後、100周年を迎える頃には、この世代交代はさらに進み、三世が少なくなり、四世・五世、そして多様な背景を持つ若い世代が門徒を導いていくようになっているかもしれません。
もちろん、三世の皆さんにはできるだけ長く健康でいていただき、100歳を超えてでも100周年のお祝いに一緒に参加していただきたいと思っています。ですから、世代交代の話を誤解しないでくださいね。
とはいえ、まずは今年5月の75周年記念法要に目を向けたいと思います。皆さまどうぞ健康に気をつけて、法要とレセプションにぜひご参加ください。
洗心寺年表(1970年代~2001年)
1976年10月16–17>日 洗心寺は独立寺院として25周年を迎えた。 講師:サンノゼ仏教会別院輪番、 徳永京四郎師 記念事業として納骨堂を建設。これはカリフォルニア州が墓地外での納骨施設を禁止する法律を撤廃して以降、寺院として最初の正式な納骨堂であった。
1977年 藤門師が若い世代にリーダーシップを譲るため主任開教使を退任。小谷師が主任開教使となる。 ブッダガヤの灯明に着想を得た「千灯荘厳」が始まる。1970年代~1980年代 寺院の募金活動が広がり、以下のような活動が行われた。 ・照り焼きチキンや寿司の販売(洗心寺、クレンショースクエア、二世ウィークなど) ・デパートでの棚卸し作業(Bullocks Wilshire、Bullock’s、May Company) ・最初の棚卸しには200名以上が参加 ・ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムでのUSCフットボール試合のゲート監視
1983年 洗心学院(日本語学校)が50年以上の歴史を経て閉校。
1985年 洗心寺ボーイスカウト隊が解散。40年の歴史の中で500人以上が所属し、100人以上のイーグルスカウトを輩出した。
1986年7月(1987年の説もある) 西心道場が、小学生を対象とした仏教サマースクールとして、洗心寺と西別院の共催で始まる。
1988年 藤門師が正式に引退。その後も日本語門徒の支援や寺院ニュースレター『Prajna』の編集に協力した。
1991年6月6日 洗心寺40周年記念法要。 「洗心の父」と呼ばれる桑月文方師や歴代僧侶が招かれた。 記念事業として門が建立された。
1990年代初め コートヤードでコンサートや文化イベントが開催され、募金活動としても活用された。
1992年< ダーナギルドが解散。料理本『Sharing Our Favorites』の出版など多くの活動を行った。
1996年 敬老会が再開され、80歳以上の門徒を顕彰。
1998年・2000年 敬老会が継続して開催。
1999年4月 リトル東京にBCA南部教区の書店「Hongwanji Place」が開設。
1999年 緊那羅太鼓会が30>周年記念コンサートを開催。
2001年6月9、10日 洗心寺50周年記念法要。 歴代僧侶やそのご家族が招かれ、海野大徹師・海野徹雄師・海野マーク師、杉形卓浄師、桑月文方師のご子息である桑月真師などが講師やゲストとして参加。 記念事業として本堂の大規模改修を実施。
2001年>9月1日 リトル東京のTeramachi Project(7階建て160戸のコンドミニアム)起工。
