血染めの聖教

古本竜太

日本では、浄土真宗のサービスブックの表紙の色は赤のことが多いです。なぜ赤が多いかというと、蓮如上人のお弟子さんがお念仏の教えを深く信奉されたお話に関係があると言われています。

蓮如上人は、浄土真宗の八代目のご門主です。蓮如上人は中興の祖と言われ、今から約500年前の室町時代に念仏の教えを日本中に弘められました。当時の日本の人口の半分に近い500万人がフォロワーになったそうです。

上人の時代にはTiktokInstagramのようなSNSはありません。伝統的なコミュニケーションの一つである、「手紙」を送って教えを弘められたのです。この手紙を「御文章」と呼んでいます。蓮如上人が亡くなられた後、全国から手紙を集め、約200通の中から80通を選んで5巻の御文章を製作しました。

日曜礼拝で拝読する『親鸞聖人一流章』『末代無智の章』や葬儀で読まれる『白骨の章』は『御文章』の一部です。

蓮如上人は手紙の中で、主に信心について書かれています。

『聖人一流の章』の一行目には、「親鸞聖人は、浄土真宗の要は信心であると説かれた。」(筆者意訳)と書かれています。

信心とは、私の成仏を阿弥陀如来におまかせすることです。親鸞聖人は、釈尊の時代と比べると、人間の質が低下しているから、どんな修行をしてもこの世で悟ることはできない、と考えておられました。そして、私たちが悟りを開くには、阿弥陀如来におまかせして、念仏をとなえお浄土に生まれ、仏となる方法しかない、と言われます。

浄土真宗ではこの信心が要で、座禅や滝に打たれるような修行はありません。ダーナをしたり、戒律を守ったりすることは、お浄土に生まれるには必須ではありませんし、ベジタリアンである必要もありません。世俗的な生活をしながら、悟りを開く道を歩むことのできる教えなのです。これは、浄土真宗の教えの特徴です。子供、大人、高齢者、性別、職業、独身、既婚などの違いに関わりのない、すべての人のための教えです。誰でも念仏をとなえ、悟りを開くことができるのです。

500年前、蓮如上人の布教により、多くの人々がこの念仏の教えによって救われました。その念仏者たちは、蓮如上人、そして宗祖の親鸞聖人を深く尊敬していました。蓮如上人の弟子、良顕さんもその一人でした。

このお話は、「血染めの聖教」あるいは「腹ごもりの聖教」と呼ばれています。

1471年の3月末、蓮如上人が現在の福井県吉崎のお寺におられたときのことです。突然、お寺が火事になりました。火はあっという間に蓮如上人の部屋にも燃え広がり、すぐに逃げ出さなければならなくなりました。

上人は外に出た後、「しまった!」と思いました。部屋に『教行信証』を置いてきてしまったのです。『教行信証』は親鸞聖人の主著で、聖人の子孫である蓮如上人は、直筆の書を持っておられました。浄土真宗の教えが書かれた最も大切な書物なのですが、緊急事態で持って出るのを忘れてしまったのです。

そこに弟子の良顕さんが、「蓮如さま、私が取って来ましょう。 」と言われ、燃え盛る寺の中に入って行きました。そして、蓮如上人の部屋で『教行信証』を見つけたのですが、そのときにはもう火から逃れることはできなくなってしまいました。そこで良顕さんがされたのは、割腹です。『教行信証』を守るため、腹を切って内臓を取り出し、その腹にお書物を入れたのです。

火事の後、火の粉から大切な聖教を守った良顕さんの遺体が見つかりました。

その『教行信証』の表紙は血で真っ赤に染まっていました。蓮如上人は、良顕さんの死を悼み、深く感謝されました。この良寛さんの献身をたたえ、浄土真宗の聖教、経本やサービスブックの表紙の色を赤にしたといわれています。

この良顕さんのお話は、親鸞聖人が説かれた念仏のみ教えの大切さを伝えるために、語り継がれてきました。親鸞聖人や蓮如上人は、阿弥陀さまにおまかせする「信心」がもっとも大切だといわれています。良顕さんや他の多くの先達のおかげで、今み教えを聞かせていただいている私たちは、ご信心をいただき、み教えの理解を深めるよう、これからも学んでいきましょう。