どっちが正しいのか?イヌ鷲と山鳩
古本竜太
仏教はあまりはっきりと善悪を決めないところが良いという声をよく聞きます。他の宗教がどのように善悪の判断しているのかはわかりませんが、一般的に仏教では、私たち凡夫には善悪や良し悪しを明確に判断することはできないとしています。
状況や場所、時代などによって、道徳や倫理、法律での善悪の判断基準は変わることがあります。たとえば、普通、他人の命を奪うことは犯罪行為で、悪です。けれども、安楽死や中絶を行う医師、戦場で戦う兵士などに関しては、必ずしも悪だとはみなされません。感謝したり、賞賛したりすることもあります。
親鸞聖人は正像末和讃で、
よしあしの文字をもしらぬひとはみな まことのこころなりけるを
善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり
「善」「悪」という字の意味さえも知らない人は、みなまことの心であるのに、その意味をさも知っているかのように振る舞っているこのわたしは、噓いつわりにまみれた姿である。(現代語訳)
と「何が善で何が悪かを判断することはできない」とおっしゃっておられます。親鸞聖人がこの和讃を書かれたのは88歳の時なので、90歳で亡くなられた聖人が晩年に考えておられたことの一つだと言えます。善悪をはっきりと決めることはできない、ということは、多面的に物事を見て、どんな状況でも受け入れることができる柔軟性を持つことでもあります。ある視点から見れば良いことでも、別の視点から見れば悪いことかもしれませんし、その逆もまた然りです。
この浄土真宗の考え方を知るのに役立つ物語があります。北野武さんの小説「教祖誕生」の中で紹介されている「イヌ鷲と山鳩」というお話で、状況や立場に応じて、善や悪が変わるということを教えてくれます。
ある老学者が山でイヌ鷲の巣を見つけました。老学者はその日から毎日、山に行き、イヌ鷲とその巣を見て過ごしました。ある日イヌ鷲のヒナが生まれたとき、老学者はたいへん喜びました。けれども、ヒナが生まれてから5日目、母鳥が一日中巣に戻らなかったのです。翌日、巣をみても母鳥は戻ってきません。老学者はこのままではヒナが死んでしまう、とそのヒナを自分の家に連れて帰りました。老人はヒナをカムイと名づけ、大切に飼い始めました。カムイは老人の生活の大きな喜びとなっていきました。1ヶ月後、カムイの羽が大きくなってきて、空を飛ぶために羽ばたくようになり、2ヶ月が経つと、カムイは山に帰れるくらいに成長しました。老人は、野生動物は自然に帰すべきだと強く思っていましたが、カムイが山に帰ると、二度と自分の前に姿を現さないのではないかと心配しました。
老人の家から1キロほど離れたところに、小学校3年生の男の子が住んでいました。ある日、怪我をして動けなくなっている山鳩を見つけ、家に連れて帰って看病をしました。 少年の手当のおかげで鳩は元気になり、少年が首をやさしくなでると、気持ち良さそうに鳴くようになりました。少年はその鳩に「あずさ」と名付け、毎日世話をし、一緒に遊びました。ある日、少年はあずさの小屋でドンドンと音がするのを聞きました。見てみると、あずさが小屋の網に体をぶつけていました。父親は、「もう飛べるようになったな。そろそろ小屋から出して山に返してあげよう。いつかまた、お前に会いに来るよ。」と言いましたが、少年は悲しくなりました。数週間後、少年は父親と一緒に車で山へ向かいました。「新しいスタートを切るには、最高の朝だ。」少年は、あずさを両手で箱からすくい上げると、あずさをなでてから、あずさを空中に放ちました。「さよなら、あずさ。」あずさは二人の頭の上を一回、二回と回り、山の頂上に向かってまっすぐ飛んでいきました。
突然、影のようなものが素早くあずさの方へ向かってきました。あずさは接触を避けようとしましたが、その影はどんどん近づいてきて、あずさにぶつかりました。あずさは空中で揺れ、そして落ちて行きました。 「アァーッ!」と少年は悲鳴を上げました。
老学者は手を叩いて喜びました。手塩にかけて育てたカムイが、野生のイヌ鷲になったのです。初めての飛行で山鳩を仕留めたのです。老学者はカムイを巣から連れてきた日のこと、カムイを育てるのに費やした日々を懐かしく思い起こし、大いに満足したのです。もちろん、少年の悲鳴は老人の耳には届いていません。たとえ聞こえていたとしても、カムイをたたえる歓声だと思ったことでしょう。
というお話です。この話は、立場が違えば、善悪や良し悪しが変わる、ということを教えてくれます。戦争や犯罪、社会問題など、何事にもいろいろな立場があり、完全に善と悪を判断するのは大変難しいことなのです。私たちにできることは、できるだけ相手の立場を理解しようとし、それぞれの状況でベストだと思う判断をすることです。
南無阿弥陀仏