過去に学び、未来へつなぐ―洗心の歩み:学院から今日まで(第四回
今年は、洗心仏教会が独立寺院となってから75周年を迎える年です。今月末に記念法要および行事が行われます。
5月24日には、先亡者追悼法要とエンターテインメント、
5月31日には、75周年記念法要と祝賀会を行います。
これらの大切な行事を迎えるにあたり、あらためて洗心の歩みと歴史を振り返ってみたいと思います。
これまでの過去3号で、1928年から1944年(2月号)、1945年から1970年代初頭まで(3月号)、そして1970年代から2001年まで(4月号)の歴史年表を紹介してきました。現在は、2002年から現在までの年表を準備しており、それは、75周年祝賀会の冊子に掲載する予定です。
簡単に振り返りますと、私たちのお寺は1928年に現在のロサンゼルス西本願寺別院の支院として始まり、1951年に独立寺院となりました。創立から数えて今年で98年、独立から75周年となります。
創立から独立に至るまでには、多くの重要な節目がありました。寺地の購入、現在の会館(本堂、教室、社交場として使っていました。)の建設、そして第二次世界大戦中(1942〜1945年)の強制収容の経験です。
収容所から戻った後、一世・二世の方々はお寺とサンガを再建し、敷地を拡張し、1951年に独立を成し遂げました。その後、1966年には本堂が建立されました。
1970年代以降、周辺地域は変化し、多くの門信徒が別の場所へ引っ越して行くようになりました。そのため、1980年代には日本語学校やボーイスカウトも終了しました。しかし、洗心寺のご門徒や友人方の変わらぬ支えのおかげで、お寺は存続しただけでなく、むしろ絆は深まり、より活気ある場にしてきました。山門は40周年記念事業として建立され、50周年を迎えた2001年にはリトル東京の寺町コンドミニアム計画も始まりました。
2002年から2026年は、以前に比べて大きな出来事は少ないです。特に大きな出来事は、2013年にマス先生が45年の奉職を経て退職されたことです。今世紀に入ってからは、一世・二世から受け継いできたものを維持し、大切に守ることに力を注いできたように思えます。本堂、会館、教育棟の改修や改装、また私が洗心に来て13年の間だけでも少なくとも3回は駐車場の舗装をやり直しています。新たに建立したものとしては納骨堂があり、2020年には駐車場も拡張しました。
お寺の草創期や戦時期、成長期などに起こった20世紀の大きな変化と比べると、今は安定の時代に入っていると言えるでしょう。今日、私たちは先人から受け継いだものを大切に守り続け、次の世代に渡していこうとしています。
一世・二世の方々が、どれほど私たち後の世代を意識しておられたかは分かりません。「75周年にお寺に来てる世代のために寺を建てよう」と考えていたわけではなかったでしょう。むしろ自分たちのために、仏法を聞く場、皆で集う場としてお寺を築かれたのだと思います。
しかし、その方々が教えを聞き、お寺で集うことを楽しんでおられたからこそ、次の世代である私たちも、お寺は楽しい場所だと感じるようになりました。先人たちがお寺を大切に守り、広げ、支えてくださったからこそ、私たちもまたお寺を大切な場と感じ、守り続けたいと思うのです。
25年後の100周年にお寺に来る世代のことを私たちはそれほど深く考えていないかもしれません。しかし、お念仏のみ教えを聞くこと、盆踊り、照り焼きチキンセール、そのほかの寺の活動を私たち自身が楽しんでいる限り、それらは自然に次の世代へ受け継がれ、その方々もまたお寺に来ることを楽しみ、お寺を支えてくださることでしょう。そうした意味で、私たちは教えを次へ伝えるお手伝いをしています。これは先人からいただいた大切な導きです。
結びに、『教行信証』から一節をご紹介したいと思います。親鸞聖人は、お念仏のみ教えを伝えたいとの願いをもって、その結びの部分で、中国浄土教の道綽禅師(6〜7世紀)の言葉を引用されています。『安楽集』にはこうあります。
「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪(とぶら)え。無辺の生死海を尽くさんがためなり。」
と、念仏のみ教えが伝わっていくには、過去に学び、未来につなぐことが大切であると説かれ、数限りない迷いの人々が残らず救われる道をお示しくださっています。これからも楽しんでお寺に来てください。
南無阿弥陀仏
